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2010年01月03日

それが「漫画」として描かれる意味

表現手段は多々あれど、「漫画」であることは一長一短。でも、「漫画」としてそれを表現することが決められたのならば、「漫画という作品」であることが必要だと思う。
今や日本の漫画は、ただの娯楽ではなくなり、社会的に大きな影響を与えるものも多々あるのだが、漫画と他の表現手段を比較してみよう。
小説、映画、アニメ、ドラマなど、色々あるし、それぞれ好きなところ、嫌いなところもあるんだけど、俺にとって「原作が一番」というのはほとんどに共通して言えることで。
例えば漫画のアニメ化、ドラマ化。これはよろしくないものの方が多い様に感じる。なぜかというと、原作に置ける「間」とか、「そのシーン」の雰囲気が崩れてしまうから。
小説と漫画はわりと相性がよいようにも思えるが、基本的に「そのシーン自体」を想像させる小説に対し、漫画はそのシーンの「登場人物の心情」を想像させるという点において大きな違いがある。

それぞれを考えると、映画、ドラマ、アニメは受け手が受動的にならざるを得ない。それを利用してスピード感や緊張感をうまく出している作品は多いけど、やはり「当たり」は少なく思える。
印象的なシーンがあっても、印象的なセリフがあっても、それはすぐに流れて行ってしまう。無理に強調しようとすればしつこくなってしまうし、流してしまっては受け手に強く伝わらない。この点は非常に難しいのだが、これは作品によるもので、当然非常にうまく、よくできているものも多い。
例えば映画「プライベート・ライアン」最初と最後の戦場のシーンの迫力はまさに圧巻なのだが、ここで非常に感心したのは、近距離で爆発があった後、音が遠のき、周囲が遠のき、まるで目の前の風景が現実ではないように感じられるミラー大尉の視点の描写。アレは映像でないと表現できないものだろう。小説版もあり、これも読んだが、やはりこういう迫力は映像の方がより伝わる。

逆に。またもONE PIECEになるが、ベルメールさんが倒れるあのシーン。アレは漫画じゃないと伝わらない。あの名シーンを表現しようと努力したのだろうが、アニメではスローになり、繰り返しになり、その分スピード感がなくなってしつこくなってしまう。

ドラマになればなおさら。「いいひと。」には非常にがっかりさせられたし(アレはかなりもめたようだが)、スカイハイにおいては「お行きなさい」「お生きなさい」「お逝きなさい」の3つの意味からなる、同じ発音の言葉の意味を完全に表現できたようには感じない。「クロサギ」においては、多くのドラマがそうであるように、強引に恋愛要素を取り込むことによって原作のリアルさと深みを消し去ってしまっている。氷柱の「ただ覚えといて」というセリフ、アレは淡々と告白することによって、自分の幸せを願わない黒崎への氷柱の純粋な思いが表現されていたにもかかわらず、だ。また、淡々と「仕事」として詐欺をこなす黒崎は本来自らの感情として喜びや楽しみを出すことはほとんどない。彼が表に出すのは怒りや憎しみ、哀れみといった「負」の感情ばかりで、それが彼の自ら選んだ生き様への覚悟を表現しているのに、それも壊されていると感じた。

結局、原作者が「その表現方法」を選んだことにはそれなりの意味があるのだろう。この「意味」がない作品は、俺にとっては駄作になる。
もちろん、まれにだが、この原作の意味に忠実に表現されたものもあって、それは賞賛に値すると思うのだが。
ここが、俺が「原作」にこだわる理由で、原作でないものからその作品に入ったとき、何かしら得るものがあったと感じたら、原作を探す。それが小説であろうと、漫画であろうと、きっと原作には、原作者の思いがよりストレートに現れているからだ。

さて、話を漫画という表現手段に絞ると、例えばその1シーンに込められた意味が大きいことが多々ある。それをうまく使って、メッセージを伝えているのがいい作品の条件の一つだ。
一つのシーンに込められた意味、それを理解するために、受け手である我々読者は受動的である必要はない。セリフがないシーンに釘付けになり、数分間目が離せない、ということもままある。ページをめくって、早く続きを読みたいという思いと、そのシーンに、そのコマに、そのたった一言のセリフに込められた意味を果たして全て理解できたのか、もっと意味があるんじゃないかと、目を離せない、離したくない思いとの葛藤、それこそが漫画の醍醐味だと思う。
次のページに行ったはいいが、また1ページ戻る、そんなことを繰り替えしながら読む作品もある。本当に感動したとき、そのシーンは、そのページは目に焼き付けるまで眺めるものだ。

例えばSLAM DUNKの山王戦。アレは名シーンが多すぎた。「感傷的になるな。まだ何かを成し遂げたわけではない」に込められた思いと葛藤、「俺は今なんだよ」の一言に込められた固い決意と、見守る仲間たちのセリフのない、表情だけに込められた思い、ラストプレイの効果音もセリフもない数ページの、一コマ一コマに釘付けにならざるを得ない迫力と、漫画故のスピード感。
こういうことは「漫画であるからこそ」表現できるものだと思っている。

それはリアルにもより強くなって受け継がれていて。セリフは決して多くないんだけれど、そのたった一言、たった1コマの表情に表現されているものが多すぎて、読むのにすごく時間とエネルギーが必要になる。
最初の戸川と野宮の出会いの1on1で、車椅子を交換しろと言い出した野宮の「ハンデだ」という一言、ここに作者の大きなメッセージと、伝えたい価値観が込められている。「歩けない世界の100m8秒台」のセリフに込められた思いは量り知れないほど大きいものだろう。そして、「カタツムリが必死になって歩いた距離が駆け出した犬の一歩に」の表現、たった数ページに、生きる上での大きな悔しさと葛藤が込められている。

名作であればあるほどこういうシーンは多い。
たった1ページ、たった1コマ、たった一言が、画とセリフと効果、構成によって多大な意味を持つ。そのことに「漫画だからこそ」感動することが出きるのだ。
だからこそ、漫画には画力も構成力も必要なんだと思う。
セリフのない1ページの、1コマの、その表情によって全てを表現することだって可能だから。

きっと俺にとっての「良作」というのは、そういう作者のメッセージが込められたものなんだと思う。
もちろんただ笑ってほしいというようなものから、社会のあり方に疑問を投げかけるもの、価値観を揺さぶるものまで多々あるが、この「作者のメッセージ」が見えないものは、薄い。
作者の伝えたいことがあり、そこで作品が産まれ、その作品の登場人物たちのそれぞれの思惑があり、キャラごとの価値感や決意や、やりたいこと、向かいたい方向があって、それがまた作者のメッセージに向かって散り、収束していく。
その中に、知らなかった人生や、知らなかった価値感や、思いもしなかった世界がある。それはきっと、現実の人生を考えるきっかけになったり、生き方を変えるきっかけになったり、支えになってくれたり、一息つかせてくれるものだったり。
俺はもう、漫画なしでは生きられない(笑)
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posted by tmin at 08:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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2010年01月01日

あけましておめでとうございます。そして俺にとっての漫画というもの。

いやー、去年、いや、一昨年か、の年末頃に始めたこのブログも、低空飛行ながら一年を越え、無事新年を迎えることができました。
ちょくちょく来てくれる方、コメント頂いた方々、たくさんの人たちに感謝します。

これからも多分低空飛行になってしまうんでしょうがw
いや、言い訳じゃないけどこれには理由があって。
途中から、俺ごときがある漫画という「作品」についてあーだこーだと批評することに抵抗感が生まれてきまして、そうするとなんとなく、記事を書くのに抵抗感が・・・w
今持ってる作品、ってのはほとんど書いてしまったんですが、「読んだ(ことがある)作品」となるともう無数にあるわけですよ。でも、俺にとって、重大な意味を持った作品ってのは限られてくるんです。
だからと言って、その作者が全身全霊を込めて描いた作品を、簡単に「いまいち」とか言えない、そんな迷いが大きくなってきたんです。

俺にとっての漫画とは、「生きるためのヒントがそこにあること」ってのがいい作品なんですよね。
例えばONE PIECEで「信念に生きること」「自由の意味」「価値観」を見出す。
あの作品は深読みするとすごくて。いつぞやのSBSで、「クリーク編の裏テーマは戦争」と言ってましたが、例えばチョッパー編での「人はいつ死ぬと思う?」とか、空島編では「宗教・信仰」が見え隠れする、ウォーターセブン編以来は「正義と悪」について疑問を投げかけてる、そういうところにきっと生きるヒントが転がってる。
「リアル」では、「障害者」でも「それは個性だ」と言いきり、「それぞれのリアル」としてそれぞれの闘いを非常に深く描いている。それは生きる上での勇気を与えてくれるものだったり。
「ブラックジャックによろしく」では、前半は医療界のあり方に疑問を投げかけてるけど、「癌編」では「生きることの意味」を深く描いてて、ここで俺は、「いつ死んでも後悔しない生き方」を考えるきっかけになったし、精神科編では「池田小事件」をモチーフにしながら、「報道のあり方」と「差別」について鋭くえぐってて、これは「報道の見方」についてすごく影響を受けた。
俺が好きな「高橋ツトム」の作品では、「死生観」や「信念に生きるための闘い」が深く描かれてることが多い。

一例になってしまうんだけど、こういう作品を描くためにきっと作者達はすごい葛藤と苦労をしてると思うし、心から尊敬する。
確かに、「エンタメ」としていい作品も数えきれないほどあるんだけど、俺が漫画を読む理由は、そこに「生きるためのヒント」が落ちていることが最大の条件で。(「エンタメ」として読むことも多いけど。)
そうすると、「俺にとって」いい作品ってのは限られてくるんだけど、だからといって、俺があまり感じるもの、得られるものが少なかった作品にも、きっと作者のメッセージや、血の滲むような努力があって作られたものだろうと思うわけで。
なので、そういう作品について、軽々しく俺ごときが「いまいち」なんて言いづらいw

というわけで、なかなか「感想・評価」することに迷いが出てるんですね。
ここに答えが出せたら、きっとこのブログは方向転換して続けられると思いますが、今、その方向性に迷ってるんです。
個人的に感じるものが大きかった作品にとことん「深読み」してみようか?
でも価値観の押し付けもやだなぁ・・・とか。

いっそ「漫画論」で攻めてもいいかも?
なんて迷い中でして。(でも基本的に明るく能天気にいきたいってのもあったりw
じゃあ新しい情報を追いかけるのもいいかも?(けど俺が好きなのしか多分追いかけないしww

いや、本当に初期の更新頻度保てなくてすみません。
なんとか方向性しっかり考えて、なんとか今年はやっていく所存ですので、できましたらゆっくり見守って頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
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posted by tmin at 05:46 | Comment(4) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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2009年12月05日

STRONG WORLD、見に行くべきか行かざるべきか?

いやー、公開が近づいてきましたね。映画版ONE PIECE STRONGWORLD。
俺は基本的に最近の漫画のアニメ化したのってあんまり見てないんですよ。
原作の、漫画独特の間だったり、声の違和感だったり、そういうのがたまに我慢できなくなって。あと、連載中にアニメ化されると原作に追いつきそうになって、ちょっと強引な引き延ばしがあったりね。
ドラゴンボールしかり、ワンピースしかり、ナルトしかり。あ、でも幽白はよかったな。(結構見てるじゃんw

とまぁ、前置きは置いといて。
今回の劇場版は一味も二味も違いそうな臭いプンプンです。
尾田先生が自ら総指揮ですから。
原作でちょっと出てきた「空飛ぶ海賊金獅子」が出てくるんです。(インペルダウン脱獄したっていうアレね。)
で、さらに。今週号のジャンプでエピソード00。ちょっと!!めっちゃ面白そうじゃないっすか!!
ということで。2009年 ONE PIECE 劇場版「ONE PIECE -FILM- STRONG WORLD」公式サイト
公式サイトにて予告動画なんかも公開されてますが。




ちょw アニメ(というか映画だけど)この迫力は・・・印象ですが、少なくとも「間」については心配なさそうな気配。うーん。どうしよう?見に行こうかDVD待とうか。結局見るなら映画館言った方がいいのか?


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posted by tmin at 05:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | ONE PIECE 尾田栄一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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